2例目の経過

〈 1 〉 腎臓病の発症から透析導入まで

患者さんは50代男性。子供の時の学校健診で尿蛋白を指摘され、40代に埼玉県内の大学病院でIgA腎症と診断されて、寛解を目指して扁桃腺摘出やステロイド治療がなされたものの、その後徐々に腎機能悪化して末期腎不全に至り、2020年7月血液透析導入されました。

〈 2 〉 宇都宮記念病院「腎・透析センター」への受診

職場の移動に伴って、透析病院を埼玉県から栃木県に変更することになり、ホームページから当院を知って、2020年10月当院初診。慢性腎不全の治療として透析療法以外の「腎代替療法」として腎移植についても説明しましたが、すでに前医で説明を受けており、腎移植は希望しませんでした。2020年11月から当院での通院透析を開始しました。

〈 3 〉 透析不足の顕在化

前医では週2回、1回あたり3時間で血液透析が行われており、当院転院を契機に週3回を勧めましたが、仕事の都合で週2回を継続していました。2021年2月頃から、透析不足の症状である高血圧、浮腫が目立つようになり、透析前の血液検査でクレアチニンは20を超えていました。適正なドライウエイトまで除水しようとすると3時間では血圧が低下してしまい、結果的に透析時間の延長が続くようになりました。

〈 4 〉 腎移植の決断

透析不足解消のため、透析の回数を週2回から3回へ増やすよう指示したところ、50代の妻とじっくり相談する時間を持ったそうです。その結果、妻の方から腎移植について説明を聞きたいとの希望がありました。このように、患者さん自身が一人で悩んで勝手に腎移植の可能性をなくしていても、逆にご家族が腎移植を積極的に希望するケースは意外と多く見られます。

〈 5 〉 ドナー(提供者)の受診

2020年2月末、患者さんはドナーを希望する妻と2人で「腎・透析センター」の外来を受診しました。他のご家族は、ご高齢のお母さん、東京に息子さんがいるだけで、妻が唯一のドナー候補でした。妻からはドナーの条件である「無償での自発的な腎提供」の希望を確認しました。その上で、仮にドナーになっても、寿命を縮めることはないのはもちろん、これまで通りの生活が送れることを説明しました。その後、妻には腎移植に向けての各種検査を数回の通院で受けていただきました。その結果、妻の腎機能は十分に良好、悪性腫瘍や糖尿病など併存疾患はなく、心肺機能にも問題ありませんでした。妻はさらに当院の総合診療科医と面談して、身体的心理的評価と社会的背景に関する評価からドナーとして問題ないことも確認しました。入院前の最後の外来では、息子さんを交えて手術についての説明をして、自分自身の手術だけではなく、ドナーとレシピエント(腎移植を受ける患者さん)双方の手術も理解してもらった上で同意を得ました。

〈 6 〉 入院

腎移植2日前に、まずレシピエントに入院していただきました。レシピエントはこの日から免疫抑制薬(グラセプター、セルセプト)の内服を開始しました。ドナーは腎移植前日に入院しました。

〈 7 〉 手術(2021年5月29日)

ドナーとレシピエントの手術を同時並行で行うため、獨協医科大学埼玉医療センター移植センターから当院の顧問医でもある徳本直彦教授をはじめ、瀬戸口誠講師、兵頭洋二講師に加わっていただき、2チームを編成しました。ドナー手術は腹腔鏡で行いました。従来の大きく切開する開放手術に比べて、内視鏡を用いるため、創(傷)が小さく、ドナーの身体的負担を軽減でき、美容上も優れています。ドナーは9:00手術室入室、全身麻酔下に徳本教授が執刀して、左の腎臓を摘出し、手術時間2時間52分で無事終了、出血量35 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してICU入室。レシピエントは9:30手術室入室、全身麻酔下に南木が執刀して、右下腹部にドナーの腎臓を移植、血管吻合して血流再開後2分で勢いの良い尿の流出を確認して、手術時間3時間17分で無事終了、出血量300 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してICU入室。その後も持続的に500 mL/時以上の排尿を認めました。

〈 8 〉 術後

ドナーは翌日には食事再開し、術後3日目には点滴などすべて体から外して自由に動いてもらいました。5日目にはシャワーを浴び、7日目には自宅に退院しました。レシピエントも翌日に食事再開し、術後5日目には点滴終了、6日目には尿の管を抜き、7日目には傷のテープを剥がしてシャワーを浴びました。透析期間は長くなかったものの、術前検査で膀胱がすでに萎縮していることが判明していて、1日尿量約2000 mLのところ1回尿量が100 mL程度のため、1時間おきの排尿で忙しくなりましたが、その後徐々に1回尿量は増加しました。このように尿が出ないため廃用性萎縮で膀胱が小さくなってしまった透析患者も、腎移植によって膀胱に尿が溜まるようになると、膀胱は徐々にですが大きくなってきます。8日目には入院時59kgの体重が50kgまで減少しました。腎移植前には透析不足のため、それだけ余分な水分が体に溜まっていたということです。10日目にはクレアチニン0.9まで低下し、一切の合併症を起こすことなく11日目に退院しました。退院時の内服薬は、免疫抑制薬3種類を含めて血圧や胃薬の合計6種類でした。ちなみに、透析の時は全部で7種類の内服薬があったので減らすことができ、内容は大きく変わりました。

〈 9 〉 退院後

ドナーには退院後1週間で受診してもらい、体調や創部、血液検査やレントゲン検査に問題ないことを確認しました。次回は3か月後の受診とし、最終的には年1~2回の「腎・透析センター」外来でのフォローの重要性を説明しました。レシピエントは術後2週間で最初の外来に来てもらい、体調・体温・体重・血圧に問題がなく、クレアチニン0.85と移植腎機能が良好なことも確認しました。

〈 10 〉 術後2ヶ月

この日もご夫婦で受診してもらいました。ご夫婦とも仕事復帰されてすでにしばらく経ち、レシピエントである夫はクレアチニン1.14と移植腎機能良好で拒絶反応の徴候は認めず、免疫抑制薬は徐々に減量しました。ただ、体調が良いために食事量が増えて肥満傾向のため、適度な運動を勧めました。ドナーである妻はクレアチニン0.88、レントゲンや尿所見も正常でした。今後もお二人を定期的に「腎・透析センター」外来でフォローしていきます。


患者さん退院

〈 11 〉 術後1年とその後

レシピエントのクレアチニンは1.17と良好に経過しました。拒絶反応はじめ感染症などの合併症も一切起こらず、再入院なく外来のみで管理できました。唯一危惧された体重増加は自己管理で抑制でき、コレステロール値も投薬せずに経過見ることができています。もうしばらくしたら、シャント閉鎖手術を予定することにしました。一方、ドナーもクレアチニンは0.87と若干低下し、その他のデータもすべて問題なく、今後最低でも年1回の受診としました。