〈 1 〉 血液透析の経過
患者さんは76歳女性。40代からの糖尿病が原因で慢性腎不全へと至り、宇都宮市内の基幹病院で血液透析導入になった後、通院していた透析クリニックが閉院したため、わずか1か月で当院に転院してきました。50代からは高血圧も発症、糖尿病の合併症である眼の白内障や網膜症の治療後で、インスリンを使用している状態でした。
〈 2 〉 腎移植までの経過
前医からすでに透析を継続していたため、さらにはやや高齢なこともあって、患者さんは透析のままを希望なのかなと、私としても少し勝手な思い込みがありました。しかし、生体腎移植について説明してみると、とても興味を持ってくれました。基幹病院では透析導入前の末期腎不全の際、血液透析以外の選択肢は説明されなかったそうです。腎代替療法である血液透析・腹膜透析・腎移植は末期腎不全に至る前に、医師に加えて看護師などの他職種も交えながら、十分な情報提供と患者さんに合った腎代替療法を選択できるような支援が受けられるはずですが、そうした支援がなかったのは特に腎移植がそれだけ一般的ではない現状を示しているとも言えます。
ドナーになってくれる可能性のある親族は同年齢の夫だけでした。このように高齢化の現在、生体腎移植ドナーになるのは親を抜いて配偶者が一番多くなっています。配偶者は元々は他人ですから、血縁者に比べるとどうしても免疫学的なリスクは高いですが、現在の免疫抑制薬はこうしたリスクを軽減してくれます。そこで、夫婦ともども腎移植の術前検査を外来で開始しました。すると、ドナー候補の夫には3つの問題が見つかりました。まず第1にBMI 33の肥満。ドナーガイドラインではBMIは可能なら32以下、理想的には30以下とされているので、BMI 30まで12 kg減量を指導しました。また第2の問題として、狭心症疑いで他院からアスピリンが処方されていましたが、精密検査つまり冠動脈造影検査は未施行でした。狭心症疑いのままでは腎移植ドナー手術を実施するわけにはいきません。なぜなら、手術直後に狭心症発作が起きるかもしれないし、腎提供を先にして片腎の状態で造影剤を使うと、残った腎臓に悪影響をおよぼす可能性があるからです。そのため、術前検査として当院循環器内科で心臓カテーテル検査を実施したところ、心臓を栄養する冠動脈3本のうちの主たる1本に狭窄を認め、狭心症の診断になりました。引き続きこの病変部を拡張するための筒(ステント)を留置しました。ステント内が血栓閉塞しないようアスピリンに加えて抗血小板薬(血液さらさら)を計2剤しばらく内服することになりました。当然、出血リスクになるため、手術は1年延期としました。第3の問題は、長期の咳や痰の訴えでした。そのため、当院呼吸器内科で診てもらうと、心配した結核は否定され、びまん性汎細気管支炎の診断の元、抗生剤内服投与により長引く咳や痰は消失しました。こうして夫は目標BMIをクリア、狭心症と気管支炎は治癒し、当院の総合診療科でドナー適格と判断され、初診から2年4か月後にようやく腎移植手術に辿り着くことができました。腎移植ドナー候補になったからこそ、肥満も狭心症も気管支炎も治す機会が得られたのかもしれません。
〈 3 〉 AB型からB型への血液型不適合移植
血液型はドナーである夫がAB型でレシピエントである妻はB型でした。なので、レシピエントには抗A抗体が存在し、このまま移植するとドナーの腎臓に対して拒絶反応を起こす可能性がありました。しかし、抗体の量まで測定すると低い値だったため血漿交感は行わず、リツキシマブを1回投与するだけの軽い脱感作療法にして腎移植に臨みました。
〈 4 〉 手術(2023年8月4日)
ドナーとレシピエントの手術はこれまで通り2チームを編成しました。まず、ドナーは獨協医科大学埼玉医療センターの徳本直彦教授が内視鏡手術で、全身麻酔下に左の腎臓を摘出しましたが、腎臓は374 gと通常の2倍以上で、しかもその周囲には厚く硬い脂肪が強固に癒着していて、手術時間は通常の2倍以上である6時間50分かかったものの無事終了、その分出血量は多くなったものの輸血なし、麻酔から覚醒してICUに入室しました。レシピエントは全身麻酔下に南木が執刀しました。ドナーの腎臓が摘出されるまでの待機時間があったため、手術時間はこれまでで最長の7時間50分を要したものの、術中に尿の流出を確認し、ドナーと同じICUに入室しました。
〈 5 〉 術後
ドナーは手術翌日には食事を開始、その翌日にはICU退室、3日目までで点滴は終了しました。術前に治療した狭心症も気管支炎も再発することなく、術後6日目には自宅に退院しました。レシピエントは移植直後から時間500 mL以上の十分な排尿を認めていたものの、手術翌日から尿量やや低下したため、アルブミン製剤や利尿剤を適宜使用したところ時間200 mL以上で安定しました。移植後は一度も透析をすることなく術後3日目にICU退室、この時点でクレアチニンは1.52まで低下、5日目までで点滴終了、6日目には尿の管を抜いて傷のテープを剥がしてシャワーを浴びました。8日目に尿路感染による発熱があったものの、抗生剤投与で速やかに治癒しました。術後10日目にクレアチニン1.17で無事自宅退院しました。
〈 6 〉 退院後
ドナーには術後26日目に外来受診してもらい、体調や創部、血液検査に問題ないことを確認しました。術後2日目に1.77まで上昇していたクレアチニンは1.61まで改善していました。循環器と呼吸器にも併診しながら、術後3・6か月にも再診してもらいました。一方、レシピエントは、術後13日目に外来初受診でクレアチニン1.13、その後も腎機能は良好に経過しました。最初は1週間ごと、すぐに2週間ごとの外来受診にしました。移植前はインスリンを自己注射していて、多くの場合、腎移植によって腎機能が正常に近くなることと、免疫抑制薬でステロイドを使うことで、糖尿病は悪化するのですが、現在は糖尿病に対する様々な内服薬が存在するので、幸いインスリン離脱したままで管理できました。
〈 7 〉 術後1年目とその後
術後1年目ではドナーとレシピエントのクレアチニンはそれぞれ1.01と1.72で良好に経過しました。この1年間、2人とも再入院することはありませんでした。その後、ドナーは1年ごと、レシピエントは1か月ごとの外来管理としました。ご夫婦で犬の散歩を日課にしているそうです。