7例目の経過

〈 1 〉 血液透析の経過

患者さんは42歳女性。若くして2型糖尿病を発症し、慢性腎不全へと至り、30歳から血液透析を受けていました。当院「腎・透析センター」には開設当初から前医から引き継ぐ形で透析に通っていました。若いせいで体重増加が多く、高血圧を合併していて、頭痛薬や感冒薬を頻回に希望して、透析中はいつも大体寝ている印象でしたが、小さいお子さん2人の子育てで疲れていたのかもしれません。

〈 2 〉 腎移植までの経過

当院で通院透析して4年経過した頃に腎移植の話をしたところ、意外にも興味を持っていただきました。下のお子さんが中学生になってやや手が離れたことがきっかけかもしれません。ドナーには同居する70代の母が候補になってくれることになり、外来での術前検査を開始しました。母はすでにかかりつけ医で高血圧と高脂血症の治療を受けており、これらは良好にコントロールされていました。軽度の糖尿病があったため、当科で内服薬1種類投与することでガイドライン目標値のHbA1c 6.5以下を達成できました。なお、尿の蛋白やアルブミンが陽性だとすでに糖尿病性腎症ということになり、ガイドラインではドナー候補から外れますが無事陰性でした。患者さんの方ですが、まだ若いため心肺機能は問題なかったものの、透析歴12年超のため膀胱容量は60 mLと通常の20%程しかありませんでした。これ自体で腎移植の禁忌にはなりませんが、手術の際に移植する腎臓の尿管を吻合するのに難しくなるのと移植後には大量の尿が貯まるために頻尿となり、さらには尿漏といって吻合部から尿が漏れ出てしまう合併症のリスクが高まります。しかし、それを乗り越えれば膀胱は次第に正常の大きさまで拡張してくれます。

〈 3 〉 B型からA型への血液型不適合ならびに抗HLA抗体陽性

血液型はドナーとなる母がB型で患者さんはA型でした。さらにはリンパ球の型であるHLAは親子なら半分の数で一致するため、いわゆる相性が良いのですが、患者さんに妊娠歴があるため抗HLA抗体が陽性になったと考えられます(感作と言います)。つまり、抗B抗体と抗HLA抗体が共に陽性で、移植後の拒絶反応のリスクが高かったのです。そこで、こうした抗体を減らすために血漿交換とリツキシマブによる脱感作療法を行った後、移植に臨みました。

〈 4 〉 手術(2023年2月17日)

ドナーとレシピエントの手術はこれまで通り2チームを編成して、ドナーは獨協医科大学埼玉医療センターの徳本直彦教授が内視鏡手術で、全身麻酔下に左の腎臓を摘出し、手術時間3時間20分で無事終了、出血量80 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してICUに入室しました。レシピエントは全身麻酔下に南木が執刀しました。血管吻合後13分で尿の流出を確認し、萎縮膀胱のため尿漏予防に尿管の中にカテーテルを留置して、手術時間4時間47分、出血量410 mLで輸血なし、ドナーと同じICUに入室しました。

〈 5 〉 術後

ドナーは手術翌日には食事と歩行を開始してICU退室、2日目までで点滴は終了しました。術後経過は何の問題もなく順調で、術後9日目に退院しました。レシピエントは移植直後から時間500 mL以上の十分な排尿を認め、移植前に13もあったクレアチニンは術後2日目には2.98、5日目には1.71まで順調に低下しました。移植後は一度も透析をすることなく術後3日目にICU退室、5日目までで点滴終了、6日目には尿の管を抜いて傷のテープを剥がしてシャワーを浴びました。しかし、その後クレアチニンが上昇したため、膀胱カテーテルを再留置、膀胱造影して尿漏がないことを確認した後、11日目に膀胱カテーテルと手術中に留置していた尿管カテーテルの両方を抜去しました。また、免疫抑制薬の血中濃度が高いことによる腎毒性でのクレアチニン上昇も考え、投与量を減量したところ、一時2.52まで上昇していたクレアチニンはその後徐々に低下して術後21日目の退院時には1.63まで低下しました。術後14日目には尿路感染を起こして発熱しましたが抗生剤投与で速やかに治癒し、これらの合併症で少し長い入院期間になりましたが、すべて問題なく解決しての退院になりました。

〈 6 〉 退院後

ドナーには術後24日目に外来受診してもらい、体調や創部、血液検査に問題ないことを確認しました。クレアチニンは1.12(術前0.66)でした。その後のクレアチニンは術後3か月目1.03と退院時より少し改善して経過しました。このように腎提供後に残った片方の腎臓が機能を少し代償する現象が見られます。今後も残った腎臓の機能が低下しないよう糖尿病や高血圧治療は引き続き継続していきます。一方、レシピエントは、退院後も外来受診で腎機能は良好に経過しました。ところが、退院後1か月目に発熱や下痢が出現、血液検査でサイトメガロウイルス抗原が陽性のため、サイトメガロウイルス腸炎と診断しました。このサイトメガロウイルス感染は腎移植後に比較的よく見られる感染症で、無症状から発熱まで重症度は様々で、また感染臓器は血液のみから肺・消化管・肝臓・眼など広範囲に及ぶ可能性があります。血液検査での診断が可能で、治療は内服薬なら外来管理も可能ですが、今回は腸炎による下痢症状のため点滴で入院管理することにしました。なお、腎移植前の術前検査では、ドナー・レシピエントそれぞれのサイトメガロウイルス抗体を調べることで、感染リスクを確認します。最もハイリスクはドナーが抗体陽性で感染既往があり、レシピエントが抗体陰性で未感染の場合で、移植した腎臓を介した初感染に加えて免疫抑制薬が開始されるため発症は必発ですが、抗ウイルス薬の内服を予防投与することでリスクを軽減できます。今回の患者さんは多くの成人と同じように、腎移植前から既感染で抗体は保有していて発症リスクは高くはなかったのですが、血液型不適合と抗HLA抗体陽性のため腎移植前に実施した脱感作療法のうちのリツキシマブによる抗体産生抑制が感染リスクを上昇させたと考えられます。しかし、効果的な抗ウイルス薬を速やかに投与したおかげで、下痢や発熱は消失しクレアチニンは安定して、13日間の入院で無事元気に退院できました。

〈 7 〉 術後1年目とその後

術後1年目ではドナーとレシピエントのクレアチニンはそれぞれ1.08と1.81で良好に経過しました。この1年間でのレシピエントの再入院はサイトメガロウイルス腸炎での1度のみであり、その後は経過良好でした。今後、ドナーは1年ごと、レシピエントは1か月ごとの外来管理としました。