〈 1 〉 病歴
患者さんは68歳女性で他県にお住まいです。27歳で急性虫垂炎の際、偶然に糖尿病を指摘されました。しかも、中高年の生活習慣病からの2型糖尿病とは違って、若年で発症して重症度の高い1型糖尿病でした。1型ではインスリン投与が必須で、腎不全への進展が必至です。この患者さんも2018年には腎不全になり、2022年春に地元の大学病院へ腎移植目的に紹介となりました。しかし、1型糖尿病や腰椎圧迫骨折などいくつもの合併症のせいなのか、腎移植の準備は一向に進まなかったそうです。血液透析に備えてシャント手術は受けたものの、自宅の近くには透析クリニックはないため、営んでいた民宿を手放して引っ越さなくてはなりませんでした。
〈 2 〉 「腎・透析センター」受診までの経過
この患者さんは人脈が広く、当院「腎・透析センター」で2例目の腎移植患者さんとお知り合いでした。その紹介で「腎・透析センター」に2022年11月22日初診しました。当センターに腎移植目的で院外から、しかも県外から紹介されて来た最初の患者さんになりました。しかし、最初に私の外来診察室に入って来られた時、重度の腰椎圧迫骨折による下肢麻痺と疼痛のため歩行はおろか座位も保てず、すぐに診察室のベッドに横たわってしまいました。これでは腎移植しても果たしてどうなるのだろうと不安に感じたことは確かです。そこで、まず腎移植をして、その後に当院で腰椎の手術を受けてもらう流れにしました。というのも、当院の整形外科には腰椎手術のスペシャリストである三輪先生(副院長)がいるからです。そのためにも腎移植を早く確実に成功させる必要がありました。
〈 3 〉 手術(2023年1月13日)
ドナーとなる60代の夫とともに外来で術前検査や麻酔科受診、総合診療科によるドナー面談をこなし、初診から52日目に透析せずに手術に辿り着きました。ドナーとレシピエントの手術はこれまで通り2チームを編成して、ドナーは獨協医科大学埼玉医療センターの徳本直彦教授が内視鏡手術で、全身麻酔下に左の腎臓を摘出し、手術時間2時間54分で無事終了、出血量80 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してICUに入室しました。レシピエントは全身麻酔下に南木が執刀しました。手術は滞りなく進行し、血管吻合終了して11分で移植した腎臓の尿管から新たな尿の流出を見て、手術時間3時間56分で無事終了、出血量100 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してドナーと同じICUに入室しました。
〈 4 〉 術後
ドナーは手術翌日には食事と歩行を開始、術翌日にはICU退室、2日目までで点滴は終了しました。術後経過は大変良好で、術後6日目に自宅退院しました。レシピエントは移植直後の尿量が時間40 mL程度と少なかったため、昇圧剤と輸血を投与したところ時間200 mL以上に増加し、翌朝には時間500 mLまでに安定しました。クレアチニンは術前の5.16から術後2日目には0.95まで低下しました。血圧・呼吸管理に加えて1型糖尿病の血糖管理、そして創痛や腰椎圧迫骨折からの腰部下肢痛の管理を継続しました。術後3日目にはICU退室したものの、術前からの腰痛のためなかなか離床が進まず、術後12日目にやっと尿の管を抜去しました。しかし、トイレでの排尿がうまくできずに再び尿の管を留置しました。腎移植後、尿の管を抜去した後は早めに排尿して膀胱が充満しないようにしないと、移植した腎臓の尿管と患者さんの膀胱の吻合部から尿が漏出してしまい(尿漏)、最悪再手術になってしまいます。腎移植後の初期は大量の尿が作られるので、1~2時間おきの排尿が必要になります。この患者さんは以前からの腰椎圧迫骨折のため、トイレまでの移動が大変なことと、糖尿病性神経障害の一症状である神経因性膀胱による排尿障害があったため、尿量が多い間は尿の管を入れたままにしました。クレアチニンは0.62と他の問題がなかったため、術後15日目に自宅退院しました。
〈 5 〉 退院後
ドナーには術後1か月目に受診してもらい、体調や創部、血液検査に問題ないことを確認しました。クレアチニンは1.67(手術前0.97)でした。一方、レシピエントは1~2週毎で外来管理を継続し、通常通り移植後1か月で免疫抑制薬を徐々に減量し始めたところ、移植後2か月目から尿量減少・浮腫、そしてクレアチニンが2.30まで上昇したため、急性拒絶反応を疑って再入院の上、ステロイドパルス(ステロイド大量点滴)と移植腎生検を行いました。幸いクレアチニンは1.04まで改善し、17日間の入院で退院できました。しかし、その15日後に発熱のため再々入院。精査の結果、肺炎・肺膿瘍・サイトメガロウイルス感染が判明、前回の急性拒絶反応に対する治療である免疫抑制強化によって感染症が生じたと考えられましたが、今回も幸いに抗生剤・抗ウイルス薬によって治癒しました。そして、移植後5か月目で3回目の再入院をしました。ですが、今回は合併症ではなく、整形外科での手術に向けての準備として、移植後の排尿困難から留置したままにしていた尿の管の抜去とリハビリを目的にしました。当院は整形外科や脳外科の症例数が多いため、リハビリ部門も充実しているのです。こうして、1週間の入院で尿の管がなくなり自己排尿が可能になって、リハビリも順調に進んで退院しました。
〈 6 〉 整形外科手術
移植後8か月で念願の腰椎手術が行われました。腎移植患者は他の手術を受けるに当たっても、免疫抑制薬や移植腎の管理が必要なため、腎移植と同じ病院で受けなければなりません。当院の整形外科は高度な手術が可能なため幸いでした。整形外科手術は無事終了し、その間も移植腎機能は良好に経過し、術後リハビリやコルセット作製で1.5か月間の入院後に退院しました。
〈 7 〉 1年後
整形外科での腰椎手術後も「腎・透析センター」外来の通院に加えて当院でのリハビリや自宅での訪問診療も受けて、体調はさらに改善して、ようやく移植後1年を迎えました。この頃には車椅子が不要になって歩行が可能になり、地元での歩行距離も延長したとのことでした。クレアチニンは1.15と安定、排尿トラブルなく、浮腫なしで、拒絶反応や感染症の徴候は一切なくなりました。今後は1か月毎の通院としました。ドナーである夫も術後1年目で受診してもらい、クレアチニン1.46と安定、術前からの高血圧の管理は今後も重要であることをお話ししました。
この患者さんは、私のこれまでに経験した2000例の腎移植の中でも大変印象深い症例になりました。大学病院での治療が進まなかったぐらいの術前ハイリスク、移植後の拒絶反応や感染症の合併症、これらを乗り越えて辿り着いた整形外科手術、そしてこれらがすべて終了して移植後1年で、腎不全が治癒し、腰痛や下肢しびれから解放され、旦那さんと元気に並んで歩けるようになったという素晴らしい経過は、医者冥利に尽きると思わせてくれました。