〈 1 〉 血液透析の経過
患者さんは64歳男性。若い頃から内分泌疾患が由来の高血圧に罹患し、その結果慢性腎不全へと至り、50歳から血液透析を受けていました。透析導入後には脳梗塞に2回、狭心症の冠動脈カテーテル治療を4回受けており、それらの予防で抗血小板薬(血液さらさら)を内服していました。このように透析患者はもちろん、その前の段階の慢性腎臓病でも心血管疾患のリスクになることが知られています。当院「腎・透析センター」には開設当初から透析で通院していただく中で、お互いの信頼関係が確立してから生体腎移植を提案してみました。会社経営で忙しいため、透析から解放された上に寿命が延ばせるならと腎移植に興味を持ってもらいました。
〈 2〉 腎移植までの経過
ドナーには50代の奥さんが候補になり、外来での術前検査を開始しました。奥さんには40代に人間ドックで指摘された糖尿病があり、大学病院で内服治療を受けていました。生体腎移植ドナーガイドラインではHbA1c 6.5%以下が求められており、大学病院の主治医に相談して、内服薬の調整で目標達成に至りました。一方、患者さんには狭心症の主治医(宇都宮市内の基幹病院)に受診していただき、腎移植の術前評価を仰いだところ、腎移植を実施するのは宇都宮記念病院ではなく大学病院ではないの?と思われたようで、当院の腎移植はまだまだ認知されていないことが判明しました(笑)。幸いにも狭心症の再発はなかったものの、腎移植前後での冠動脈ステント(再狭窄予防のための筒)閉塞予防のため、抗血小板薬は継続するようにとのご指示でした。当然、手術での出血リスクは上昇します。
〈 3 〉 A型からO型への血液型不適合腎移植
前回の4例目に引き続き今回も血液型不適合で、しかも抗体価が高く、このままだと急性拒絶反応のリスクになります。そこで前回同様、血漿交換とリツキシマブによる脱感作療法をフルに行って移植に臨みました。
血液型不適合のため移植前に血漿交感を受ける様子
〈 4 〉 手術(2022年10月7日)
ドナーとレシピエントの手術はこれまで通り2チームを編成して、ドナーは獨協医科大学埼玉医療センターの徳本直彦教授が内視鏡手術で、全身麻酔下に左の腎臓を摘出し、手術時間2時間58分で無事終了、出血量5 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してICUに入室しました。レシピエントは全身麻酔下に南木が執刀しました。しかし、予想以上に動脈硬化が強く、癒着剥離に難渋した上、腎動脈を吻合する腸骨動脈の損傷部位がガラスのように硬い動脈硬化のため縫合止血できず、血管テープで損傷部位を被覆して止血しました(第59回日本移植学会総会、京都、2023.9.23で発表)。手術時間はこれまでで最長の5時間59分を要したものの、術中に尿の流出を確認し、ドナーと同じICUに入室しました。
〈 5 〉 術後
ドナーは手術翌日には食事と歩行を開始、術翌日にはICU退室、2日目までで点滴は終了しました。術後経過は良好でしたが、夫であるレシピエントを心配してやや長めに入院して、それでも術後10日目には自宅に退院しました。レシピエントは移植直後から時間300 mL程度の十分な排尿を認めていたものの、手術翌日から尿量低下し、血管内脱水と判断して十分な輸液と血圧維持で翌日には尿量回復しました。移植後は一度も透析をすることなく術後4日目にICU退室、この時点でクレアチニンは1.65まで低下、5日目までで点滴終了、7日目には尿の管を抜いて傷のテープを剥がしてシャワーを浴びました。点滴カテーテル感染と尿路感染による発熱があったものの、それぞれカテーテル抜去と抗生剤投与で速やかに治癒しました。しかし、術後7日目に創部から浸出液を認め、徐々に量が増加しました。尿漏(移植した腎臓の尿管と膀胱とのつなぎ目からの尿の漏れ出し)は否定し、漿液腫(血液の一部が漏れ出たもの)と診断してドレナージ(管での排液)のみで治癒し、入院期間が長くなったものの術後47日目に無事自宅退院しました。
〈 6 〉 退院後
ドナーには術後27日目に受診してもらい、体調や創部、血液検査に問題ないことを確認しました。クレアチニンは0.93(手術前0.68)でした。術後3か月目ではクレアチニン0.87と退院時より少し改善していました。このように腎提供後に残った片方の腎臓が機能を少し代償する現象が見られます。次は術後6か月での再診としました。糖尿病治療は引き続き継続し、HbA1c 6.1~6.2%で良好にコントロールされていました。一方、レシピエントは、退院5日目に外来受診でクレアチニン1.10、その後も腎機能は良好に経過しました。退院時にはまだ残存していた全身の浮腫が徐々に消失したおかげで体重は低下しました。血液型不適合移植でしたが、移植前の脱感作療法によって拒絶反応を予防できました。
〈 7 〉 術後1年目とその後
術後1年目ではドナーとレシピエントのクレアチニンはそれぞれ0.94と1.27で良好に経過しました。その後、ドナーは1年ごと、レシピエントは1か月ごとの外来管理としました。レシピエントは術後1年8か月に尿路感染の発熱で数日入院していただいた以外は何のトラブルもなく、ご夫婦ともども元気に過ごされています。