4例目の経過

〈 1 〉 血液透析までの経過

患者さんは50代女性。20代から糖尿病を罹患し、2019年から当院内分泌内科で糖尿病を管理されていました。糖尿病性腎症による慢性腎臓病のため、2020年9月18日から内分泌内科からの紹介を受けて「腎・透析センター」にも通院を開始しました。この時点で、クレアチニン2.1、尿蛋白陽性で、重症度分類ではステージ4(高度低下)でした。腎性貧血に対する注射薬や内服薬、浮腫に対する利尿薬、高カリウム血症に対する吸着薬、低カルシウム血症に対するカルシウム製剤や活性型ビタミンDなどの治療を開始しました。末期腎不全に至った際の腎代替療法(移植・透析)についても早めにお話をしました。移植については、臓器移植ネットワークに登録して亡くなった人から提供を受ける献腎移植と、親族から提供を受ける生体腎移植の両方を説明しました。献腎移植では待期期間が約15年におよぶ可能性についても率直に話し、実際的には生体腎移植を選択したいものの、両親はご高齢で兄や妹は遠方にお住まいのため、ドナー候補として難しいようでした。そうしているうちに、他院での婦人科の手術に備えて、「腎・透析センター」でシャントを作製した上で、他院で婦人科手術の前に血液透析が導入されました。

〈 2 〉 腎移植までの経過

婦人科手術を無事終えて退院後は、当院への通院透析を開始しました。その8か月後、埼玉在住の50代の兄が生体腎移植ドナーを希望して来院してくださいました。妹の通院透析を大変だと感じてくれたようです。この場合も、患者さん本人がご家族になかなか言い出せなかったのですが、むしろご家族が積極的にドナーを希望してくれました。2022年2月から兄をドナーとする生体腎移植の術前検査を外来で開始しました。ドナーである兄は生来健康で、いつも通りドナーの条件である「無償での自発的な腎提供」の希望を総合診療科の医師により確認しました。その上で、仮にドナーになっても、寿命を縮めることはないのはもちろん、これまで通りの生活が送れることを説明しました。

〈 3 〉 当院初の血液型不適合腎移植

今回のドナーは血液型がA型、レシピエントはO型であり、いわゆる血液型不適合腎移植です。O型の血液中にはA型やB型に対する抗体が存在します。そのため、A型やB型の血液や臓器がO型の体に入ると、急激な抗体関連型拒絶反応が必発とされます。しかし、血液から抗体を除去する血漿交換と抗体を作るリンパ球を減らすための脾臓摘出によって、血液型不適合移植は可能になりました。さらに現在は、脾臓摘出の代わりにリツキシマブという点滴によってリンパ球抑制が可能になり、血液型不適合移植はより安全に実施しやすくなり、2020年に行われた全国の生体腎移植のうち血液型不適合は3割近くにのぼります。こうした血漿交換やリツキシマブによる前処置を脱感作療法といいますが、私(南木)はさらに移植前の抗体量に応じて脱感作療法の内容を患者ごとに個別化するプロトコールを自治医大時代に確立して、国際学会や海外の移植専門誌に発表しました(Nanmoku K, Shinzato T, Kubo T, Shimizu T, Kimura T, Yagisawa T. Desensitization with the Use of an Antibody Removal-Free Protocol in ABO-Incompatible Kidney Transplant Recipients with a Low Anti-A/B Antibody Titer. Transplant Proc. 2018 May;50(4):982-986. https://doi.org/10.1016/j.transproceed.2018.01.032)。当院でもこのプロトコールに従い、移植前の脱感作療法を行って移植に臨みました。

血漿交換

〈 4 〉 手術(2022年5月6日)

ドナーとレシピエントの手術はこれまで通り2チームを編成して同時進行で行いました。ドナーは9:00手術室入室、全身麻酔下に獨協医科大学埼玉医療センターの徳本直彦教授(当院顧問医)が執刀しました。従来の大きく切開する開放手術ではなく、内視鏡を用いるため創(傷)が小さく、身体的負担を軽減でき、美容上も優れています。左の腎臓を摘出し、手術時間2時間48分で無事終了、出血量5 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してICUに入室しました。レシピエントは9:10手術室入室、全身麻酔下に南木が執刀して、右下腹部にドナーの腎臓を移植、血管吻合して血流再開後14分で勢いの良い尿の流出を確認して、手術時間3時間56分で無事終了、出血量150 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してドナーと同じICUに入室しました。

〈 5 〉 術後

ドナーは手術翌日には食事と歩行を開始、術翌日に尿の管を抜いてICU退室、2日目までで点滴は終了しました。術後経過良好なため早期退院を希望し、5日目には自宅に退院しました。レシピエントは移植直後から時間500 mL程度の大量の排尿を認め、手術翌日に透析を離脱、食事を再開し、術後3日目に首からの点滴の管・ドレーン(傷の中に入れている管)・手首の動脈の管を抜いてICU退室、この時点ですでにクレアチニンは成人女性の正常値である0.8まで低下、5日目までで点滴終了、7日目には尿の管を抜いて傷のテープを剥がしてシャワーを浴びました。尿の管を抜いた後は、膀胱が充満しないよう2時間ごとの排尿を指示しました。13日目に一切の合併症を起こすことなくクレアチニン0.8(移植前8.9)で退院しました。入院時56.7 kgの体重が47.9 kgまで減少しました。腎移植前には週3回の透析を継続していたにもかかわらず、それだけ余分な水分が体に溜まっていたということです。

〈 6 〉 退院後

ドナーには退院後13日目に受診してもらい、体調や創部、血液検査に問題ないことを確認しました。クレアチニンは1.71(手術前1.05)でした。術後3か月目の受診では、クレアチニン1.67と退院時より少し改善していました。このように腎提供後に残った片方の腎臓が機能を少し代償する現象が見られます。次は術後6か月での再診としました。一方、レシピエントは、退院4日目に外来受診でクレアチニン0.8、その後も腎機能は退院3か月目の現在まで良好に経過しました。血液型不適合移植でしたが、移植前の脱感作療法によって拒絶反応を予防できました。また、糖尿病は当院で専門の内分泌内科で併診しています。しばらくは2週間ごとに外来管理していきます。

退院時