〈 1 〉 腎不全の経過
患者さんは69歳女性。6年前に視力低下で近くの眼科を受診した際、初めて糖尿病を指摘されました。その後、早速内科でも糖尿病治療を開始しましたが、すでに慢性腎臓病であり、末期腎不全に至っては腎代替療法選択のために獨協医科大学腎臓内科を紹介されました。
〈 2 〉 腎移植までの経過
獨協医科大学腎臓内科の腎代替療法選択外来では、血液透析・腹膜透析・腎移植の説明を受け、患者さんはこのうち生体腎移植を希望しました。しかし、この時すでに末期腎不全で、透析を経ない先行的腎移植にはもうわずかしか時間が残されていませんでした。当院「腎・透析センター」腎臓内科の常勤医である石光医師はこの当時、獨協医科大学腎臓内科で外来を担当していたため、当院「腎・透析センター」に紹介する流れになりました。南木の外来初診時でのクレアチニンは6.18、eGFRは5.8ですでに何かしらの腎代替療法を始めなくてはならない状態でした。そこで、腎性貧血や電解質異常など慢性腎臓病の治療を継続しながら、腎移植の術前検査を外来で速やかに進めました。
〈 3 〉 ドナーの問題
生体腎移植のドナーは当然ながら親族から選ばれます。患者さんのご両親はすでに亡くなっており、同胞やお子さんはいらっしゃいましたが、他の多くのケースと同様に夫婦間を選び、夫がドナーを希望しました。しかし、夫にはいくつかの持病があり、まずそれらの主治医にドナーの適否をお伺いし、問題ないことを確認した上で、ドナーの術前検査を速やかに進めました。血液型はドナーO型からのレシピエントA型であり、この組み合わせは血液型不適合ではないため事前の処置は不要です。患者さんには妊娠歴があって、ドナーが夫の場合には抗HLA抗体陽性になる場合がありますが、今回は陰性であり、拒絶反応のリスクは高くないと判断しました。
〈 4 〉 手術(2024年1月5日)
患者さんのクレアチニンはとうとう10を超えてしまい、時間は残されていなかったため、年明け早々の手術を予定しました。ドナーとレシピエントの手術はこれまで通り2チームを編成して、ドナーは獨協医科大学埼玉医療センターの徳本直彦教授が内視鏡手術で、全身麻酔下に左の腎臓を摘出しました。腹部手術の既往があったため、腎臓の摘出ルートは通常と変更しました。手術時間3時間8分で無事終了、出血量30 mLで輸血なし、麻酔から覚醒してICUに入室しました。レシピエントは全身麻酔下に南木が執刀しました。ドナー腎臓の腎動脈が2本だったため、移植する前に冷却して灌流した状態で、2本の腎動脈を1本に形成しました。その分、手術時間がやや伸びたものの4時間52分で輸血なし、術中に尿の流出を確認し、ドナーと同じICUに入室しました。
〈 5 〉 術後
ドナーは手術翌日には食事を開始、2日目までで点滴は終了し、3日目にはICU退室しました。術後経過は良好でしたが、レシピエントである妻が一緒の退院を希望したため、やや長めに入院して、術後11日目には自宅に退院しました。レシピエントは移植直後から時間200 mL以上の十分な排尿を認めていたものの、術後3日目の朝から突然尿のカテーテルへの流出が止まってしまいました。そこですかさず、カテーテルを洗浄すると浮遊物による閉塞が解除され、再び十分な尿量が安定して得られました。移植後は一度も透析をすることなく術後4日目にICU退室、この時点でクレアチニンは2.49まで低下、5日目までで点滴終了、6日目には傷のテープを剥がしました。このあたりからクレアチニンの低下が止まり、免疫抑制薬の血中濃度が高いことによる腎毒性と判断して内服量を減量しました。このように、免疫抑制薬は腎移植に必須ですが、吸収されてからの血中濃度に個人差があり、採血で確認しながら内服量を調整します。そうしないと、血中濃度が高ければ、このように腎毒性になり、逆に血中濃度が低ければ、拒絶反応を起こしてしまいます。術後7日目には尿のカテーテルを抜去、連日クレアチニンが低下するのを確認して、術後11日目にクレアチニン1.18で夫と共に無事自宅退院しました。
〈 6 〉 退院後
ドナーには術後1か月目に受診してもらい、体調や創部、血液検査に問題ないことを確認しました。クレアチニンは0.94(手術前0.68)でした。術後3か月目でも問題ありませんでしたが、術後6か月で尿路感染(膀胱炎)を発症したため入院していただきました。これはドナーで腎摘出したことが原因ではなく、以前の前立腺治療の影響と考えられます。抗生剤投与で速やかに治癒して11日間の入院期間で退院しました。次は、術後1年での受診予定としました。一方、レシピエントは、術後13日目に外来受診でクレアチニン1.03、その後も腎機能は良好に経過しました。1週間ごとに外来受診していただき、腎機能が良好なため浮腫がみるみる改善していき、体重は毎回1 kgずつ減少していきました。ところが、術後45日目で右下腹部の創部が膨隆し、小さく切開するとリンパ液が排出されました。腎移植後に時折見られる合併症(リンパ瘻)です。発熱なく元気で、腎機能も良好なのですが、創部の処置目的に12日間入院していただき治癒しました。その後は2人とも元気に過ごされており、次の目標としてまずは無事術後1年を迎えられるよう外来管理していきます。妻は今後ますます元気になって、将来は夫をしっかり介護していきたいとお話しされていました。