11例目の経過

今回の腎移植は、南木がこれまでの25年間で経験してきた2000例以上の中で最難関といえるリスクを複数抱えていました。大学病院ではない当センターでは無理、日本全国どこの病院でも不可能と言ってしまえば楽でしたが、患者さんの良くなりたいという希望を叶えるべく全力で臨みました。

79歳の女性。血液透析歴2年。42歳での子宮癌手術による癒着性腸閉塞のため、これまで当院消化器外科に複数回の入院歴がありました。その際には当センターで血液透析を受けていただきましたが、透析回診の際に南木からの腎移植の情報提供を希望したため、腸閉塞が良くなった後に夫とともに当センター外来を受診していただきました。

リスク1:高齢

移植手術を受けた時、79歳4か月でした。実は、腎移植を受けるレシピエントにはガイドライン等で定められた年齢制限はありません(生体ドナーは80歳以下)。2023年日本全国の最高齢レシピエントも79歳でした。南木の前職の自治医大では移植時に80代のレシピエントを数名経験しています。

レシピエントは何歳まで可能なのか?については、私見ですが手術を受けられるだけの体力があれば、上限はなくても良いと思っています。腎移植によってもたらされるものは、透析離脱のみならず、生命予後改善(寿命を延ばす)なので、若年の方が得られる効果が大きいことは事実です。しかし、高齢者であっても残りの人生の時間を大切に感じ、その価値観を共有するドナーがいて、リスクを受け入れて乗り越えるだけの勇気があるのであれば、全力で応援したいと思っています。

リスク2:脳梗塞再発予防のための抗血栓薬

59歳で脳梗塞を経験しています。幸い後遺症はなく、再発予防のためにアスピリン内服を継続していました。こうした抗血栓薬は手術前に中止する場合もありますが、アスピリン単独であれば、脳梗塞再発予防を優先して継続可能とされているので、今回は継続しました。当然、止血不良から出血を助長することになるので、手術での丁寧な止血操作が求められます。

リスク3:心嚢液大量貯留

術前検査のレントゲンや心臓エコーで、心臓の周りに大量の液体が見つかりました。以前から透析クリニックでも指摘されていて原因不明でした。レントゲンで胸郭に対する心臓の横幅(心胸郭比)は50%程度が正常ですが、この心嚢液のために82%と著明な心拡大を示していました。入院後の移植12日前に循環器内科で心嚢液ドレナージ(カテーテルで吸引)したところ、1,830 mLの心嚢液が排液され、心胸郭比は57.3%まで改善しました。腎移植後は再発しなくなったので、尿毒症に伴うものだったと考えています。

リスク4:子宮摘出術後

37年前の腹部手術既往があり、腸閉塞の原因になっていました。腎移植後には透析の時の水分制限や野菜などの食事制限がなくなり、リン吸着薬による便秘もなくなったため、腸閉塞の再発がなくなりました。

しかし、腎移植手術は極めて大変でした。移植する腎臓は正確に言うと、胃や腸などの消化管や子宮がある腹腔内ではなく、腹腔を包んでいる腹膜の外側(後腹膜)にスペースを作って移植するため、理屈では腹腔内臓器の手術の影響はないはずです。ところが、広汎子宮全摘出の場合、子宮のみならず卵管や卵巣、さらには骨盤内のリンパ節まで広範囲に切除します。この患者さんは両下肢に浮腫を認めていて、下肢からの血流やリンパ液の流れがうっ滞するからですが、これも広汎子宮全摘出の影響でした。腎臓を移植する場所である後腹膜腔にも影響は波及して、これまで同じような患者さんの腎移植の経験はありましたが、これまでとは比較にならない程に癒着が高度でした。腎臓の血管を吻合するためのレシピエントの血管、特に血管壁が薄い腸骨静脈がどこに存在するのかも分からない程で、固い組織の中に埋もれていて剥離がままならず、途中何度も出血しました。もちろん準備していた輸血を使用するのですが足りなくなるため、セルセーバーといって心臓手術などで出血した血液を回収して輸血として投与する器械を使用しました。出血量は2050 mL、手術時間8時間44分で、南木が経験した中で最高出血量、最長時間となってしまいましたが、麻酔科医やオペ室看護師との連係のおかげで手術は無事終了することができました。ここに挙げた複数のリスクの中では、この後腹膜癒着が最も大変でした。しかし、術後には輸血不要で、血管吻合45分後から見られた尿はICU入室後も1時間あたり400mL以上と安定して出続けました。

リスク5:血液型不適合

ドナーB型からレシピエントO型への移植で、レシピエントの血中に存在する抗B抗体価は64倍だったので決して低くはなく、ある程度の血漿交換とリツキシマブ投与を要しましたが、次に説明する抗ドナー抗体強陽性に対して強力な脱感作療法を行うことになったので、これで十分カバーできると判断しました。

リスク6:抗ドナーHLA抗体強陽性

ヒトの血中には様々な抗体が存在して、細菌やウイルスから身を守っていますが、移植で問題になる抗体は血液型に対する以外にもHLAに対する抗体があります。血液型が赤血球の型であるようにHLAは白血球の型と言えます。このHLAに対する抗HLA抗体は輸血や妊娠をきっかけに産生されますが、この患者さんは輸血も妊娠も既往がありました。現在では抗HLA抗体量も測定でき、10,000以上で拒絶反応のリスクが高く移植禁忌とされますが、この患者さんの場合、夫に対して25,000以上の抗HLA抗体量を示しました。夫との子供を妊娠した際に産生されたと考えられ、夫婦間移植で夫から妻への提供の場合がハイリスクとされる理由です。今回はこの高過ぎる抗体量から夫からの提供は断念し、ドナー変更を提案したところ、45歳の甥(夫の弟の次男)が申し出てくれました。生体腎移植のドナーは日本では親族と定められていて、親族とは民法で血族六親等内と姻族三親等内と定義され、この甥は姻族三親等なので可能ということになります。とはいえ、配偶者か親か同胞のドナーがほとんどを占める中、果たしてどのような関係性なのかよく聴取すると、幼少期から現在まで続く深い関係が確認できました。そこで次にこの甥をドナーとして術前検査を進めると、前述の血液型不適合に加え、やはり甥に対しても抗HLA抗体量が15,000と高値を示しました。それでも夫に対するよりは抗体量が少なかったため、現在保険上可能な脱感作療法(抗体を除去したり産生を少なくする前処置)をフルで行うことにしました。加えて拒絶反応のリスクが高いことは十分説明してご理解を得ました。具体的なスケジュールは、抗体を産生するリンパ球の働きを押さえ込むリツキシマブを移植15日前と前日の2回点滴、免疫抑制薬を14日前から内服開始、すでに血中に存在する抗体を除去する血漿交換を最大回数の4回、ここまでは従来と変わりませんが、これらに加えて血漿交換後に高用量免疫グロブリンを4回点滴しました。この抗ドナー抗体陽性腎移植における高用量免疫グロブリンによる脱感作療法は、南木が自治医大で臨床試験を主導した経験があり、その後2019年から保険適用されました。以上の前処置により、結果的には現在まで拒絶反応は発症していません。

移植後~退院~外来

術翌日から透析離脱し、一切の合併症を起こすことなく、術後16日目にクレアチニン0.62と極めて良好な状態で退院できました。

抗ドナー抗体陽性のための脱感作療法を強力に行ったことによる強い免疫抑制からのサイトメガロウイルス発症を予防するための抗ウイルス薬を半年間内服した結果、完全に予防できました。体調もすこぶる良好で、術後4か月で沖縄に8か月で大阪と、これまでは透析のため行けなかった旅行をご夫婦で楽しんでいました。術後1年までドナーともども再入院はもちろん合併症も一切なく良好に経過しました。